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秋田家庭裁判所花輪出張所 昭和35年(家イ)17号 審判

申立人 福田ヤス子(仮名)

(本籍 韓国慶尚北道 住所 秋田県)

相手方 李雲昌(仮名)

主文

相手方李雲昌が昭和二十五年九月二十七日秋田県鹿角郡○○村長受付にかかる認知届出によつてなした相手方小坂洋子に対する認知は無効であることを確認する。

理由

申立人は、昭和二十五年九月○○日、秋田県鹿角郡○○村長受付にかかる相手方小坂洋子に対する相手方李雲昌の認知は無効であることを確認する調停並びに審判を求め、事件の実情は、申立人は昭和二十三年春頃申立外清田太郎と知り合い、同人に申立人との間に相手方小坂洋子が生れた。ところが右清田は相手方洋子が生まれる約四ヵ月前に死亡し、その後約一年位経つてから申立人は知人から相手方李雲昌を紹介され、同人が子供を欲しがつていることを知つたので、申立人は相手方李雲昌に相手方洋子を養子とするつもりで預けた。しかし、相手方李雲昌は相手方洋子が身体が弱く養育するに容易でなかつたらしく約二十日ばかりで相手方洋子を申立人の実家へ帰し、その後は申立人の母であり、相手方洋子の祖母である小坂ミヨが申立人の代りにこれを養育し、その間相手方洋子と養子縁組し養母となつて今日に至つている。ところが、最近戸籍謄本を取り寄せたところ、相手方李雲昌が相手方洋子を認知していることを知り、事実と全く異つていることに驚いた次第である。右のとおり、申立人は相手方李雲昌をよく知らないばかりでなく、相手方洋子を約二十日ばかり育てて貰つただけでその外には何らの関係がないので、どういうわけで相手方李雲昌が相手方洋子を認知したのかその間の事情が判らない。よつて、申立人は真実に合致するよう戸籍を訂正する必要があるため本件申立に及んだというのであつて、昭和三十五年六月十六日調停期日を開いたところ、当該調停委員会の調停において当事者間に主文同旨の合意が成立し、本件の実情については当事者間に何らの争もないことが認められた。

そこで、更に本件の事実関係を調査したところ、申立人、相手方李雲昌、相手方小坂洋子法定代理人の各陳述及び証人小坂ヨノの証言並びに本籍秋田県鹿角郡○○○町○○字○○○十六番地筆頭者小坂ヤス子除籍謄本、本籍秋田県鹿角郡○○○町○○字○○○十六番地筆頭者小坂一太郎戸籍抄本、相手方李雲昌作成名義の相手方小坂洋子に対する秋田県鹿角郡○○村長宛認知届書、秋田県鹿角郡○○町長作成の相手方李雲昌に対する登録済証明書及び本籍韓国慶尚北道安東郡○○○五百四十九番地戸主李雲昌戸籍謄本を綜合すると、相手方小坂洋子は申立人が昭和二十三年夏頃申立外清田太郎と知り合い内縁の夫婦として同棲中懐妊し昭和二十四年八月十七日分娩した中立人の嫡出でない子であるところ、(右太郎はこれより先同年六月頃、事故のため死亡した)その後約一年位経つてから申立人は知人の紹介で相手方洋子を韓国人たる相手方李雲昌(本籍韓国慶尚北道安東郡○○○五四九番地)の養子とする目的で同人に約二十日間位預けたことがあつたが、その際相手方李雲昌はその使用人中山こと金某を介して昭和二十五年九月二十七日秋田県鹿角郡○○村長に対し認知届出(同日同村長受付)をなすことによつて相手方小坂洋子を認知したのであるが、申立人は当時その事実を知らず、昭和三十五年四月下旬頃相手方洋子法定代理人からの通知によつてはじめて知つたこと、なお、相手方洋子は前記のとおり相手方李雲昌方に約二十日間位預けられた後、申立人の母であり、相手方洋子の祖母である小坂ミヨ方に戻され、その後は同人に養育され昭和二十九年十二月十日同人の養子となる縁組をなし今日に至つている事実を認めることができる。従つて、相手方李雲昌と相手方洋子との間には何ら血縁上の父子関係の存在しないことが明らかである。

申立人及び相手方洋子が前記認知届出が受理された当時日本人であること及び相手方李雲昌が韓国慶尚北道安東郡○○○五百四十九番地に本籍を有する韓国人であることは前記認定の事実から明らかであるので、右届出の受理によつて認知行為が有効に成立したか否かは法例の規定によつて決せられるところ、右届出及び受理が、それがなされた当時における行為地法たる日本法に従つてなされたものであることは前記認定のとおりであるので右届出及び受理は法例第八条第二項により有効であり、従つて前記届出の受理によつて相手方洋子に対する相手方李雲昌の認知は有効に成立したものといえる。しかして、認知の要件については法例第十八条第一項によつて父に関しては認知当時の父の本国法を、子に関しては認知当時の子の本国法を結合的に適用すべきものとされているから、右の要件に欠缺のある場合の効果についても亦同条項により前同様の法律を適用すべきものと解すべく、且血縁的父子関係の存在なる要件は父子双方に関するものと認められるところ、認知者たる相手方李雲昌については同人が当時属していよ国の法律即ち韓国法ということになるが、韓国においては一九六〇年(昭和三十五年)一月一日新民法が施行され、同法附則第二条により同法は特別の規定ある場合の外は同法施行日前の事項に対しても適用されることになつており、認知に関して特別の規定がないから同法施行日前になされた本件認知については結局新民法が適用されると解せられるところ、同法第八百六十二条は、子及びその他の利害関係人は認知の申告あるを知つた日より一年以内に認知に対する異議の訴を提起することができる旨規定しており、血縁上の父子関係がないのにかかわらずそれがあるものとしてなされた認知は、事実に反する認知として無効であり、認知届出があつたことを知つた日から一年以内に訴を以て認知無効を主張することができるのであり、一方被認知者たる相手方洋子については同人が当時属していた国の法律である日本民法ということになるが、同法によつても血縁上の父子関係がないにかかわらずそれがあるものとしてなされた認知は事実に反する認知として無効であり、訴を以て認知無効を主張することができるのである。従つて、前記認定の如く相手方洋子と何ら血縁上の父子関係のない相手方李雲昌が相手方洋子に対してなした本件認知については結局日本法を適用し、日本民法によれば右認知は事実に反する認知として無効であり、相手方洋子の母である申立人は訴を以て右認知の無効を主張しうるものといわねばならない。なお、我国において訴を提起する場合においては我国の手続法に従うべきであるところ、家事審判法第二十三条による審判は本来人事訴訟で取扱うべき事項についてなされるものであるから同条による審判を求める本件申立は適法というべきである。

よつて、調停委員米田金右エ門、同坂本アイの意見を聞き、申立人の本件申立を正当と認め、家事審判法第二十三条第二項に則り主文のとおり審判する。

(家事審判官 山田忠治)

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